micro.blogを使ってblueskyとmastodonに転送するようにしたが、nostrは誰も使ってる様子がないので設定してなかった。使ってる人いるのかな?damus入れてすぐに金くれって請求が来て腹たって使うのやめてしまったのだけど。最近はどうなんだろ?
micro.blogを使ってblueskyとmastodonに転送するようにしたが、nostrは誰も使ってる様子がないので設定してなかった。使ってる人いるのかな?damus入れてすぐに金くれって請求が来て腹たって使うのやめてしまったのだけど。最近はどうなんだろ?
打ち合わせしてたのに、いつのまにかオススメのマンガを紹介し合う回になってた。
子供の頃に大人でいなければならなかった人は内側に封印した子供を目覚めさせ、子供の頃に大人になることを拒否した人は内側の大人を目覚めさせる。
「自分を知るため本」をというのを書きたい。徹底的にメタ認知・自己共感・自己統合を目指す本。最終的にはココに行き着く。
DeSoのFocusのリリースの話は、日本では全然取り上げられないが、これは当然。この1年くらいはDeSoの各アプリ上も過疎っていて人が減っていたが、ここに来てFocusのローンチ前の盛り上がりでユーザーが戻ってきたように見えるけど、他の暗号通貨の盛り上がりと比べれば全然らしい。一過性の可能性もあるが、この1年DeSoのチームがコミュニティの人が減ろうと文句言われようと、粛々とビジョンに向けて開発してきたひとつの結果なので最後まで見届けたい。
Focusの裏に隠れているが、Revolustion PoSとそれに伴うDeSoのバージョンアップの方がきになる。開発環境の拡充が進むと開発者も増えるんだけどなぁ。技術的な情報が少ないので開発者が寄ってこないのが勿体ない。
色々あきらめて、これまで放置していた諸々に取り組むことを今年はやり遂げよう。色々後回ししてきたことを、正当化せずにかつ、後回しにせざるを得なかったことを受け入れて、向き合うことは自分の人生のテーマのひとつっぽい。正当化が得意なのは自覚しているので、如何に正当化せずにかつ自己否定せずに、弱さに向きあえるかが鍵。
Agile Japan 2023の高松サテライト、来週1/20(土)です。まだ参加できるよー。
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Railroad
先日子供に買ったノートPCの値段が間違っていることに数日後に気がついて店舗に行って確認してもらいカードの返金と再購入をしてきた。税抜だと思ってたのが税込だったので購入時に気づかなかった。差額は1.4K円だったので安く上がってよかったな。
Federation系の分散SNSはサーバ探しが面倒だなぁと思ってしまう。非中央集権になったらほんとバラバラになるよね。DeSoのようなブロックチェーンをベースにしたSNSだと、同じ分散でも意味合いが少し変わるので、これは図解で解説しておきたいところ。
DraftsからMicro.blogに投稿→Bluesky, Mastodonに転送の設定は完了。画像投稿をPixelfed→Micro.blog→Bluesky/Mastodonにしたいが、Pixelfedのフィードの取得の仕方がわからない。。。逆はできるらしいけど。
Twitterが有料化になって止まっていたMicro.blog経由のマルチポストを再開することにした。 Micro.blogのフィードの投稿設定を使えば、Blusky, Mastodonにも転送できるぽい。Scrapboxへの追記もできるから、Twitter/Xは放っておいてマルチポスト再開しよう。
Micro.blog投稿テスト
フレームワークというわかりやすさは「わかりってスッキリしたい」左脳は喜ぶけど、その弊害として体験を通じて得られる気づきなどに不可欠な右脳は働きにくいのだなぁということを改めて再認識した。思考と直感、左脳と右脳で、これまでのモヤモヤが説明できる気がしてきた。
スクフェス大阪の四国トラックをずっと聞いていたが、各現場の悩みをどう乗り越えてきたかという話を聞けた。「不快の抱擁」というテーマでセッションを選んだのだけど狙い通りでよかったなぁ。不快への抵抗ではなく、不快の抱擁後に生成された行動が本当のパワーウィズ。
DraftsのAPI経由でTwitter投稿できなくなったの?
プロセスコミュニケーションモデル(PCM)と人格適応論の違いがわかった。ザ・メンタルモデルを含めて人がどのように生まれ環境適応し発達していくかの筋書きが見えた。痛み、禁止令、信念、真正の感情、回避行動、失敗パターンなどの無意識に作り上げた適合OSにどう気づいてメタ認知するか?
世界はどんどん分断・細分化されていきながら、極に触れて統合への流れが生まれる。分離と統合を繰り返しながらスパイラルを上昇していく。人の意識も無垢な状態から、世界と関わる中で分離していき、極まって統合に向かっていく。結局のところ極まらないともう一方の極に向かう流れに変わらない。
プリゴジンって言ったら散逸構造を唱えたイリヤプリゴジンしか浮かばないので、ニュースで名前見て「えっなんで?」と驚いてしまった。
生き生きしているという状態を、全体と調和している状態と考えた時に、リモートで仕事ができていてもご近所との付き合いがなかったり地元のお店を使わないような状態はとても調和しているとは言えないのではないか。
パタン・セオリーの読書会2回目DONE。参加者の方々が色々手伝ってくれて大変助かりました。とても嬉しい!この本はさらっと書いてあるところを補足しすぎると説明が増えてしまうのでなかなか難しいのですが、そこの難しさも含めて、楽しんで行きたいところ。
自分を癒すには地球を癒す。地球を癒すには自分を癒す。両者は相互に繋がっている。地球がこんなにも痛めつけられているのは、人が自身を痛めつけているからでもある。外側と内側を共に癒し続けることが、全体の癒しにつながる。
人は思考で理解できないものを「XXX系」と呼び分離し自分とは異質なものとして区別する。自分がわからないものを、わからないままにしておくことができずに、わからない状態が不快だから、分離するだけでなく嫌悪し攻撃する。スピリチュアル系とか似非科学といって忌み嫌うのもその一例。
ロバートローラーのアボリジニ本ようやく入手して読んでいる。内容が凄まじくてページをめくるたびに衝撃。彼らは農耕すら数万年前に通り過ぎていた。彼らの完全に自然と調和した生活技術と比較したら現代のいかなる技術も児戯のようなモノなのかも。https://
本当は「あるものがある」と表現するだけで良いはずなんだけど、相手に受け取られたとか、受け取られてないとかの認知で人は悩み苦しむ。そこを手放した時、その人本来の表現ができるのだろう。