VIVANTに島根県が多数登場している。今回は岡山からやくもに乗って、雲南市に向かっていた。奥出雲の乃木家にそのうち行くだろうし、車中携帯の電波が入らなくて通信が切れる描写などは、山陰本線のリアルを追求していてとてもよい。別班の訓練受けていれば、やくもでも初見で普通にPC作業できるのだろうかが気になった。俺は毎週通ってやっと慣れたけどなぁ。しかし別班はスターリンクはセキュリティ上使えないのかな?やくもで通信圏外になって情報入手できないのはちょっとダサい。
VIVANTに島根県が多数登場している。今回は岡山からやくもに乗って、雲南市に向かっていた。奥出雲の乃木家にそのうち行くだろうし、車中携帯の電波が入らなくて通信が切れる描写などは、山陰本線のリアルを追求していてとてもよい。別班の訓練受けていれば、やくもでも初見で普通にPC作業できるのだろうかが気になった。俺は毎週通ってやっと慣れたけどなぁ。しかし別班はスターリンクはセキュリティ上使えないのかな?やくもで通信圏外になって情報入手できないのはちょっとダサい。
「ゲリラガーデニング」は、都市の中において土があるところに積極的に野菜を植えて町全体を菜園にして食料生産を行うという文脈においては、パーマカルチャーに繋がるので支持していたのだけど、公園や露地に園芸種をどんどん植えていくという文脈においては、外来種を無秩序に広げる側面があり支持できない。
この違いは、前者は「消費一辺倒の都市を食料生産の場にする」という側面であり「人工から自然への方向」となる。一方、後者は「在来の環境を無視した人のエゴによる行為」であり「自然から人工への方向」という側面である。同じ言葉であるが、その指すものが異なることで、文脈じ応じて自分の受け取り方が変わることを改めて実感した。
夏風邪?引いて、2日まるまる寝込んでた。まずは鼻水が無限に出てきて、鼻に栓詰めてないと何もできなくなる。それでも日常生活はおこなえていたが、鼻水がどろっとし始めて、体内で細菌の戦いが始まったことに気づく。頭痛と倦怠感で床に伏せる。発熱は37.8くらいの微妙な熱が続き、まったく発汗しないのでなかなか熱が引かない。夕食はなんとか食べて、ひたすら寝る。寝込んで2日目は食欲もなくなり、ポカリだけ飲んでいた。鼻は乾いてきて、鼻水は止まったが、倦怠感と微熱が続く。食事はほぼ取らず午後寝ていたら、ようやく大量の発汗を伴い熱が下がった。1日目の夜で発汗して治るのがこれまでの典型パターンだったので、ダラダラ微熱が続いたのがきつかった。寝過ぎて身体が痛い。。。ちなみに発熱の時には薬は飲まない派です。
長女が、ちいかわの映画を推していて、自分以外が全員見たので、二度目に観に行く長女についていってみてみた。言葉の説明を極力排し観るものに解釈を委ねた物語の構成は、考察厨が色々語りたくなる余地を残しているのだなぁと思った。
「なぜちいかわが鱗のことを問わなかったか?」「セイレーンたちを何のメタファと捉えるか」「あの二人の事件の発端となった行動をどう捉えるか」とか語りたいことはあるが、一旦脇において苦しむセイレーンを取り巻く島民をみて脳裏に浮かんだのは「不快を徹底的に排除しようとやっきになる人々」の姿だった。
ピアノが好きになったのは、1人でハーモニーが作れるからなんだろうな、というのを弾きながら感じている。ギターとかドラムとかベースとか格好いいけど、1人で弾いてる時は調和の一部でなので、まだハーモニーは生まれない。ピアノは1人で完結できる。ピアノが調和の一部になり、より大きな全体の調和を奏でると、さらにいいんだろうなぁとも。そうやってバンドとか組みたくなるのかな。
『この世界の片隅に』『夕凪の街 桜の国』を久しぶりに一気読みした。人々が苦しみや痛みを抱えながら、それでも懸命に生きる姿は、「生きるとはこういう事」なのだと気づかせてくれる。抱えた痛みが癒やされることはあっても、なくなることはないし、人生すら思い通りなんていかない。それでも、いのちは最後まで、いのちの炎を全うしようと、最後まで燃え続ける。その生き様が、別のいのちにつながっていく。僕たちは、そのいのちの連鎖の、ひとつひとつの結び目であり、それぞれの世界。
Kent Beckの偉大さを、ソフトウェア開発よく知らない人に伝えるスキルが欲しい。。。
研修の打ち上げて若い人がスマブラ大会していたので、この世代はスマブラは共通言語なのかーと見たたら、講師陣で対戦してと言われて、数年ぶりに触ったけど、ものの見事に操作忘れてて、リンクで爆弾の投げ方とか、スマッシュとか忘れてた。仕方ないので下突きばかりやってたら勝った。そう言えば子供たちと遊んでた頃は、デデデ大王でゴロゴロするのと、吸い込むのが好きだったことに後で思い出した。
流石に、50年以上生きてきて、著作も数冊あるので、人並み以上には言語化はできるのかもしれない。20代の人よりは。しっくりくる言葉が出てくるまで待てるようになった、というのが正解かも知れない。
横浜に戻ってきた。後2週間なんとか生き延びるぞ。。。愛媛の生き物と庭とビオトープが心配だが、ここはもう手放すしかない。明日からまた自炊しようっと。
横浜から2週間ぶりに一旦帰宅。愛媛は暑いなー。
ハリガネムシやカマドウマが、こうやって、ある成分の循環に大きな役割を果たしているのだとすると、一見関係なさそうな、なんの役にも立っていないような生き物が、実は人間にとって、大事な役割を果たしているのかもしれないし、そういった円環の中で自分たちは生かされているのだろう。この円環は、何かの生物の絶滅で、知らないうちに断ち切られているのかもしれない。
こうやって、全ての生物は見えないつながりによって、生きているし、生かされているということを念頭に置いて、生きていかないといけないと、改めて思う。
「xxxは役に立たないから、絶滅してもいい」という傲慢な考え方は、実は私たちの中に含まれる、大事なものを、一つ一つ消している、自らの首を絞める行為なのだろう。
その全てが明らかにされる日は来ないだろう。円環の崩壊が加速し人が死に絶えるか、円環の崩壊が加速する前に、舵を取り直すかの選択肢しかなさそうだ。
頭で理解する前に、この円環を感じとって、応答しないといけないのではないだろうか?
明日から約1ヶ月、横浜住まいになるので、行った方が良いとこあれば教えて欲しい。と言いつつ週末はあまりいないけど。
「偉い人が決めた」とか「そういうもんだから」という理由だけで鵜呑みにするのはやめてほしい。ちゃんとそうなってる理由を説明してほしいし、それを考えてほしい。権威にすがることほど思考停止なものはない。試してみるのはいいけど、ちゃんと検証してほしい。権威に反発したくなる、俺のレベル気質がそう叫んでる。逆に試しもしないで文句言うのみると、とりあえず試してみてほしい。思考だけで結論づけるのでなく、身体で検証してほしい。要するに、頭と身体の両方使えと言うこと。
自分はその時その時で、最新のことに取り組んでいたけど、驚くほど文書や記事を残しておかなったのだなぁ、ということを改めて感じている。いくつか記事とかも書いているが、やっていたことから得られた知見は、恐らくその何十倍もある。同時代の人が残しているものが今でも見られるけど、実践知として他者に伝えたことは多いが、自分の名前はない。どんどん次に行ってしまうので、一つのことを伝え続けることもない。過去に執着せず、アイデアも囲い込まず、ただひたすら「今ピンとくるもの」に飛びついてきた結果の積み重ねではあるが、あまりに残して置かなかったなぁということを改めて反芻して自分の胸に問うている。モヤモヤは残るが、きっと寝たらまた前を向いて進むだろう。自我は残念がっているが、魂はひたすら前を向いている。
WFでもアジャイルでもなんでもそうなんだけど、方法論を語るなら、その裏にかくれた前提条件や想定を明らかにしないといけないね。その隠れた想定が違ってたら合わないんだから。「やり方」だけ語るのはほんとやめてくれ〜。プロジェクトが不確実性が高いのに、WFを選ぶなら、その理由を明確にしないとね。逆も然り。
To-Be(あるべき)でも、As-Is(今のまま)でもなく、Will-Be(ありたい)を描こうね。To-BeとWill-Beは違うので、そこは注意しよう。
20年前に書いたホワイトボードについての記事を紹介した。まさかこんな時代になっても、紹介することになるとは!?
お、この日はちょうど横浜にいるんだよね。というか7月は毎日横浜にいる。この時間帯は参加できないけど、この後懇親会とかあるなら、混じりたいなぁ。久しぶりの人に一気に会えるお得感がつよい。
出張で1週間ピアノ弾いてなかったら、だいぶ弾けなくなっていて驚き。暗譜している曲がなんか怪しくなっていた。曲を音と、指の動きと、音の流れで覚えているので、指の動きが怪しくなると途端にあれれとなった。日を空けてはいけないのだなぁと改めて痛感。気づいたら、ピアノ始めて9ヶ月経っていた。1年はもうすぐだなぁ。
仕事でORマッパーの話になって、TorqueとかHibernateの話したら、古すぎて驚かれた。オレオレORマッパー自作してた世代なのでOSSでこれらが出た時はだいぶ助けられたのよ。すぐにSeaserとかSpringとか出たけど。その後Railsが出たなー。多分3年くらいの間の出来事な気がする。
羽田空港でわざわざブース借りて打ち合わせ2本。早くお家に帰りたい。。。
電車に乗っていて、地震で止まって、携帯アラート鳴り響いる体験をしてしまった。愛媛ではそうそう体験できないよね。。
そういえば、MVCダンスってオブジェクトをロールプレイして身体で覚えるというのを羽生田さんが20年以上前に編み出して色々やってたけど、今でも豆蔵さんは、こういう教え方しているのだろうか?身体性を伴った学びのスタイルなので不変的だと思う。先日ネットワーク機器やネットワークカプセル化をロールプレイで学ぶという演習をみてMVCダンスを思い出した。
ANAのサイトが改悪されたと評判だけど、自分も予約変更したくてもできなくて、3回リトライしても最後にエラーになるので、だいぶ時間を奪われてる。今日は諦めるけど、明日になって席無くなってたらやだな。。。