「偉い人が決めた」とか「そういうもんだから」という理由だけで鵜呑みにするのはやめてほしい。ちゃんとそうなってる理由を説明してほしいし、それを考えてほしい。権威にすがることほど思考停止なものはない。試してみるのはいいけど、ちゃんと検証してほしい。権威に反発したくなる、俺のレベル気質がそう叫んでる。逆に試しもしないで文句言うのみると、とりあえず試してみてほしい。思考だけで結論づけるのでなく、身体で検証してほしい。要するに、頭と身体の両方使えと言うこと。
「偉い人が決めた」とか「そういうもんだから」という理由だけで鵜呑みにするのはやめてほしい。ちゃんとそうなってる理由を説明してほしいし、それを考えてほしい。権威にすがることほど思考停止なものはない。試してみるのはいいけど、ちゃんと検証してほしい。権威に反発したくなる、俺のレベル気質がそう叫んでる。逆に試しもしないで文句言うのみると、とりあえず試してみてほしい。思考だけで結論づけるのでなく、身体で検証してほしい。要するに、頭と身体の両方使えと言うこと。
自分はその時その時で、最新のことに取り組んでいたけど、驚くほど文書や記事を残しておかなったのだなぁ、ということを改めて感じている。いくつか記事とかも書いているが、やっていたことから得られた知見は、恐らくその何十倍もある。同時代の人が残しているものが今でも見られるけど、実践知として他者に伝えたことは多いが、自分の名前はない。どんどん次に行ってしまうので、一つのことを伝え続けることもない。過去に執着せず、アイデアも囲い込まず、ただひたすら「今ピンとくるもの」に飛びついてきた結果の積み重ねではあるが、あまりに残して置かなかったなぁということを改めて反芻して自分の胸に問うている。モヤモヤは残るが、きっと寝たらまた前を向いて進むだろう。自我は残念がっているが、魂はひたすら前を向いている。
WFでもアジャイルでもなんでもそうなんだけど、方法論を語るなら、その裏にかくれた前提条件や想定を明らかにしないといけないね。その隠れた想定が違ってたら合わないんだから。「やり方」だけ語るのはほんとやめてくれ〜。プロジェクトが不確実性が高いのに、WFを選ぶなら、その理由を明確にしないとね。逆も然り。
To-Be(あるべき)でも、As-Is(今のまま)でもなく、Will-Be(ありたい)を描こうね。To-BeとWill-Beは違うので、そこは注意しよう。
20年前に書いたホワイトボードについての記事を紹介した。まさかこんな時代になっても、紹介することになるとは!?
お、この日はちょうど横浜にいるんだよね。というか7月は毎日横浜にいる。この時間帯は参加できないけど、この後懇親会とかあるなら、混じりたいなぁ。久しぶりの人に一気に会えるお得感がつよい。
出張で1週間ピアノ弾いてなかったら、だいぶ弾けなくなっていて驚き。暗譜している曲がなんか怪しくなっていた。曲を音と、指の動きと、音の流れで覚えているので、指の動きが怪しくなると途端にあれれとなった。日を空けてはいけないのだなぁと改めて痛感。気づいたら、ピアノ始めて9ヶ月経っていた。1年はもうすぐだなぁ。
仕事でORマッパーの話になって、TorqueとかHibernateの話したら、古すぎて驚かれた。オレオレORマッパー自作してた世代なのでOSSでこれらが出た時はだいぶ助けられたのよ。すぐにSeaserとかSpringとか出たけど。その後Railsが出たなー。多分3年くらいの間の出来事な気がする。
羽田空港でわざわざブース借りて打ち合わせ2本。早くお家に帰りたい。。。
電車に乗っていて、地震で止まって、携帯アラート鳴り響いる体験をしてしまった。愛媛ではそうそう体験できないよね。。
そういえば、MVCダンスってオブジェクトをロールプレイして身体で覚えるというのを羽生田さんが20年以上前に編み出して色々やってたけど、今でも豆蔵さんは、こういう教え方しているのだろうか?身体性を伴った学びのスタイルなので不変的だと思う。先日ネットワーク機器やネットワークカプセル化をロールプレイで学ぶという演習をみてMVCダンスを思い出した。
ANAのサイトが改悪されたと評判だけど、自分も予約変更したくてもできなくて、3回リトライしても最後にエラーになるので、だいぶ時間を奪われてる。今日は諦めるけど、明日になって席無くなってたらやだな。。。
息子が携帯のギガが尽きたから、連絡できんと言っていたが、普通の携帯電話としてなら使えるのを知らなかったようだ。LINEしか使わない世代の人は、もしものために相手の携帯電話番号も聞いておこうね。
50代の今だからそこそ、腰リールが本当に必要になってきたのかもしれない。20年の時を超えて。。。
未来に期待を持って語る若者に、世間はそんなな甘くないとか、好きだけでは選べない、などという大人がいる。これは、他者に言い聞かせてるようで、実は自分の人生を肯定しているだけな気がする。逆に「好きを貫けば良い」という意見も、自分がそうだから、それを肯定してるだけと言える。結論は「あなたの信じた道を進みなさい。それが正解だから」という話です。
「KPT法」と言って、他の人がふりかえりのフレームワークとして教えてるのを横目で見ていて、アリスター・コーバーンの「本に載っていた写真」から、Keep/Problem/Tryをレトロスペクティブに使うと考えて試した20年以上の遠い昔のことをふと思い出す。言い出しっぺ誰だか忘れたけど。色々なものがカオスで未分化の時代だったから、正解などはなく、いろんなことを探索し、試していくこと自体が楽しかったのだなぁ。100均ショップ回って腰リールの部品探してた頃もそうだし、洋書を漁って新しく試すアイデア探してる時も、自分で思いついたことを試すのもそうだった。腰リールは当時、そういう状況だからこそ必要だった。世の中に事例や正解や答えがありふれて、様々な本があり、選ぶ段階になると自分にとっての面白みは薄れる。事例クレクレ君とは真逆な人生だ。
やばい、ひどいギックリ腰になる兆候。10年前に突然立てなくなり絶望した記憶が蘇る。痛みはサイン、無理はいけない、でも少し手遅れ。事後でもコルセットで腰を固め、腰を屈めないように身体の動きを制約つけて、ゆっくりうごく。義母が使っていた杖を使おう。日曜に間に合うか!?
ようやく、ピアノ練習曲定番「アラベスク」が、ゆっくり(90くらい)滑らないで弾けるようになってきた。でも楽譜見ると152って書いてあるので、いつになったらこれできるんだ。。。GPTに聞いたら120くらいでいいらしいけど。同時に練習してる海の見える町は、左の和音がペダルつけると綺麗に聞こえていいな。早く両手で弾きたい。
日曜に久しぶりに農作業、庭仕事、ランニングコンボをかましたら、腰が痛くなった。それほど腰に負担かけてないつもりだったけどなぁ。姿勢に気をつけねば。
AIコーディングでアプリ作ってて改めて実感するのは、自分のために作るアプリならサクッと作れても、他者に提供するために作ると、コア機能だけでない様々なものが付加されるということ。ユーザーが迷わないためのUX、配布のための仕組み、利用規約、課金の仕組み諸々、自分で使うだけじゃ不要なものばかり。そこまでして誰かに使ってもらうために工数かけるのは、一人でも多くの人に使ってもらって体験してもらって世界をよりよくしたいか、あるいは、その結果として収益を少しでもあげたいか、その両方か。
TENBLANKのファンミの昼公演のBDも届いたので見たが、昼の方がやはり皆余力もあって元気だったな。レイニ君のvibratoはものすごく上手くて驚いた。ほんとお父さんに似た綺麗な歌声。劇中では歌ってなかったけど、これ菅田将暉と二人で歌ったら物凄く良いのでは?4人とも全力でやってる感じが、心を打つのかな。特に宮﨑優ちゃんのドラムが笑顔と真剣の両面あるのが好き過ぎる。劇中でもあったつなぎのドラムソロはいつ見ても感動する。
「泥臭さ」って言葉は、いいも悪いも含めて、隠さずに、懸命になってるってことだと思う。一方、「スマートさ」は、逆にそういうのを、淡々とやってる表現。その裏で泥臭いことをやってるかどうかはわからないけど。今の時代に取り戻すのは、泥臭さ的な、不快も含めて、ただ、ひたむきになる、ということなのかもしれない。
llm wikiであらたにつくっちゃったが、zoteroのリポジトリのsymlinkをrawの下に作ればよかっただけかもしれない。coworkで公開サイトの情報全部zoteroにぶち込むのも簡単にできそう。
タツキ先生の3話は見てて辛い。。。両親の別々の好みに引き裂かれて、自分の表現ができない感じが。。。
「生き生きとした庭」を公開しはじめました。ここはこの25年以上の様々な分野の実践・探求を経ての気づき、体験をまとめようとしているものです。これまでのSNS、Wiki、ブログ記事、登壇発表資料、書籍、論文などをClaudeに整理してもらいながら、分野横断で得られた知見をまとめています。
すべてはまだページにしていないので、少しづつ更新していきます。もちろん新しい知見も盛り込んでいく予定です。全てを見切れてはいないので、Claude任せでおかしい記述があるかもしれません。随時見直していきます。
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