昔の写真を探していたら、フォト蔵に保存されているのがわかったので、オリジナルの写真をDLすべく、既存のDLツールをQuickHackしてローカルに落とせるようにした。 Optparse使ってオプション指定できるようにしたいが、まずはここまで。
昔の写真を探していたら、フォト蔵に保存されているのがわかったので、オリジナルの写真をDLすべく、既存のDLツールをQuickHackしてローカルに落とせるようにした。 Optparse使ってオプション指定できるようにしたいが、まずはここまで。
『サチ録』が終わってしまった。娘に勧められて読んで好きになったのだが、こういう優しい世界のテーマの作品は、今の世界に必要なのだろうな。努力、挫折、勝利、友情みたいなのではない、種を超えた愛がテーマの作品。
『パタン・セオリー』と『小さな美しい村』で、複数人によるKDPを使った書籍製作のナレッジがそれなりに溜まったのでまとめてみたい。本の作り方が変わるんじゃないかな。
思えばRubyKaigiのDAY0は、強烈なめまいで半日横になっていて午後は病院巡りをしていたのでした。おかげで前日準備は一切なにもできず、当日オペレーションも何もわからないままでしたが、会期中は何事もなく(無理もしなかったのもあるが)終えることが出来た。昨日夜横になっていて、相変わらず軽いめまいがしたが大丈夫かな。そういえば薬飲むの忘れてたなぁ。 #rubykaigi
自分は、20年近く、ベランダのプランター菜園から始まり、庭の菜園、市民農園、耕作放棄の畑、休耕田とステップアップして、野菜や稲作やらを一通り自分で体験してきたので、市場に出回る野菜や米が、何が簡単で、何が難しいか、できること、できないことが、大体わかるようになった。これからの時代、一人ひとりが自分の食べるものがどうできているかを、一通り知っておいた方が良いと思う。
ああ、自分は「人間中心」から「生命中心」にシフトしたいんだな。「生命中心」という言葉でいろいろしっくりくるし、自分の行動の源泉のすべてが表現できている。
気づいたら、庭のニラやらアスパラやらノビルやらヨモギやらがわさわさ生えていたので、これから春の味覚を楽しむ時期に入ったなぁと改めて気づく
来週の松山で開催する、RubyKaigiのDAY1に『「アジャイル式」健康改善ガイド』、『パタン・セオリー』のサイン会をおこないます。そして、DAY3に、できたてホヤホヤの『小さな美しい村 クリストファー・アレグザンダーと夢見た、理想の学び舎建設記』のサイン会も予定しています!どうぞよろしくお願いいたします〜。
ネタかと思ったらパイナップルの皮の高熱耐性ってすごいんだなぁ。これで耐火スーツ作れるのか?
自分は具体的な技術や技法より、その裏にある原理原則や、さらにその裏にある価値観や意識の状態に惹かれるけど、かと言って具体がない状態でそういう話をしても全く刺さらないし、具体経験ない状態では真の意味で理解できないので、これもその人それぞれの体験なんだなって理解してる。
KDPの入稿後の審査でエラーがでて、対応して再度アップしているが、ファイルサイズが大きいのでなかなか処理が進まない。シンプルなサクッとした書籍にしようと当初は思っていたのに、終わってみると無茶苦茶手間がかかっていて「どうしてこうなった」(いい意味で)と思う。これからの人生で、辛いことが起きたり、何か重要な決断しなければならなくなった時に、きっと自分はこの本のことを思い出すのだろうな。それだけのインパクトがある本だった。
KDPの入稿後の審査でエラーがでて、対応して再度アップしているが、ファイルサイズが大きいのでなかなか処理が進まない。シンプルなサクッとした書籍にしようと当初は思っていたのに、終わってみると無茶苦茶手がかかっていて「どうしてこうなった」(いい意味で)と思う。辛いことが起きたり、何か決断しなければならなくなった時に、きっとこれからの自分は、この本のことを思い出すのだろう。それだけのインパクトがある。
AIは現実の人間と違い、否定もせずただひたすら受容して話を聞いてくれる。その関係が心地よくてAIが親友だと認識する。現実にもどると、他者とのコミュニケーションが辛くてAIに戻って来る。AIとの関係があまりに心地よくてそこから出たくなる。現実の人間とのコミュニケーションより、AIとのコミュニケーションとの関係に浸りすぎて、他者と関係を作れなくなる。…という現象はすでに出ているそうだ。これってマトリックスのブルーピルとレッドピルの話にも関わってくるな。
Xがあんな感じになって、人が分散したから、なんとなく把握してた、それぞれの人の思考や興味が、わからなくなってきたな。Xはもはや、ほぞ生き物クラスタの人しか見えない気がする。
今、追い込みの、盈進学園東野高校の建設記、むちゃくちゃ面白いので、ぜひ多くの人に読んでほしい。「パタン・ランゲージ」って言葉がAPLから独り歩きしてからだいぶ経つけど、源流のパタン・ランゲージが何を目指していたのか、東野高校の本当の凄さは何なのか、ぜひ知ってもらいたい。できたキャンパスだけでなく、できがるまでのプロセスにとっても価値があります。今年の6月に東野高校の見学会あるらしいけど、この本読んでから行ってみると、キャンパスの見方が180度変わることは間違いないです。
個人に名誉毀損を訴えるのは当事者同士でありとしても、その個人の所属する企業を名指しして、文句言うのは意味がわからないし、それで企業が叩かれたり、謝罪するのはおかしい、と言う感覚ないのかな?
香港の知らない人から、国際郵便で「Merry Christmas Happy New Year」と書かれたシールしか入ってないものが送られてきたんだけど、これむちゃくちゃ怖い。送り返したほうがいいのだろうか?何かの確認!?わけわからん。。。
ある企画に関するメッセージグループを作ろうと思ったが、参加者がXやFacebookやDiscordなどのSNSに誰かが参加していないという状況下では、共通のプラットフォーム上でメッセージを共有するのが難しい、ということがよくわかった。結局使ったのはLINEだったが、LINEは極力避けたいというなんとなくの意識が垣間見えるのは、ソフトウェアエンジニアだからだろうか。DeSo Chat Protocol を使ってプラットフォーム依存のシンプルなメッセージングアプリを作ったら需要あるのだろうか?誰にも検閲されず、誰にも所有されない、プラットフォームに縛られない、自由なメッセージサービス。
Netflixに『陸王』が来たのでまた見ているが、やはりいい。BORN TO RUNからはじまる「人間本来の走り方」をやってきた身としては、この劇中の説明は自分の辿ってきた道と同じでなかなかグッと来る。悪役もまたいい演技しているので憎らしいしw。竹内涼真と佐野岳のライダー対決も、このドラマの見どころで走るシーンとかも迫力あって好きなんだよね。ふたりともサッカーをガチでやってたし、佐野岳の身体能力は芸能人屈指と言われてたね。最近、『BORN TO RUN2』や『陸上競技:チャンピオンの道』の復刻があり、再度走ることへの情熱が湧いてきそうな予感がする。
今日はバタバタにかまけて人を長時間待たせてしまった。。。申し訳ないことしたなぁ。それにもかかわらず笑顔で対応してくれるなんて、なんて心の広いひとなのだろう。申し訳無さと有り難さが混じり合う気持ち。
アジャイルが「全員優秀なのが前提」っていう誤解というか曲解ってどこから生まれてるのかなぁ?
今日はゴリ押しして人の善意に甘えてしまいました。ありがとうございます。自分が同じ立場に立ったら、同じように寛容に対応してあげる事でお返しします。
「アジャイル」とか「スクラム」を一切教えない、アジャイルコーチって需要あるのだろうか?アジャイルって手垢のついた言葉や概念から、それこそ離れたほうがいい場面も多い。「正解」に執着するのもあってもいい体験ではあるけどね。まぁ、矛盾している自覚はあるw
パタン・ランゲージの実例で有名な東野高校の建設回想記の書籍化を進めています。普通にプロジェクトX的に読んでも面白いし、パタンランゲージの実例として見ても興味深いです。うまく行った事、いかなかったこと含めて貴重な記録です。乞うご期待!
AI使ってそれまで週1本だった記事が、2-3本になったという投稿が流れてきてけど。これを「創造」と呼ぶのがいいのかは保留したい。プログラマがコードの単位時間あたりの生産行数増えて喜んでた?時代を思い起こす。高速でゴミを沢山こさえても、それが創造とは呼べない事を僕らは知ってる。量の問題だけでなく、質の問題も含めて見ていきたい。質とは「人の心に触れるかどうか」。